2019年9月18日版

経営学と経済学はどちらも社会科学の学問分野です。つまり、社会に関する学問です。このように言えば、きっと読者の一部は「それはそうだろう」と思うと同時に、「あれっ、でも社会に関する学問は社会学ではないのかな、社会学とは何が違うのかな」と思うことでしょう。経営学と経済学の違いが知りたかったのに、いつの間にか社会学との違いまで気になってしまいました。

これに対して読者の別の一部は「社会学は広く社会について、経済学は経済について、経営学は経営について考えるという違いがあるのだろう」と思っていることでしょう。確かに、私たちは他の人と全く関わり合うことなく生きていくことはできませんから、人との関わりに関する現象を社会学が、そして、特別な社会現象である経済現象と経営現象について経済学と経営学がそれぞれ研究しているのだと言えばしっくりする気がします。

そして、このようなことを考えている頃合いで、別の読者からの横槍が想像できます。「それぞれの現象は私たち自身と当然関わっている。したがって、私たち自身を研究する必要があるだろう。社会で起こることは私たちの何かしらの選択によって起こっている。そして、私たちは日々いろいろなことに何かを感じ何かを思いながら意図的であれそうでないにしても何かを選択している。だから心の理学としての心理学があるのだ」と。

この辺りで無理やりまとめておきましょう。社会学、経済学、経営学、そして心理学はいずれも社会に関する学問であり社会科学の一員です。これらの対象は互いに関連していますが少しずつ違います。

前置きが長くなりました。経営学と経済学の違いについて考えましょう。これらはその対象が違うということでした。そして、対象が違うという点はこれら学問の誕生の観点からは正しいです。つまり、少なくとも昔は正しかったと言うべきでしょうか。

産業革命(および、その随分前に起こった農業革命)を想像しましょう。この技術革命は、単に優れたモノを作ることができるという以上に、人が必要なモノを自ら作るという生産活動に分業と協働という観点で世界に大きなインパクトを与えました。つまり、生産の社会的分業と大規模な生産を実現する会社の誕生です。そして、経済学は社会的分業について、つまり、様々な財・サービスの作り手と買い手の間の交換、そして、そのような交換が起こる場としての市場について、一方、経営学は会社の運営について考察することで誕生しました。したがって、「市場」と「会社」という意味で対象が異なっており、それに伴い、経済学では消費税、失業、貿易摩擦、インフレーションといった社会における資源配分を調整する仕組みに関わることを、経営学では戦略、人事、会計、マーケティングといった経営実践に関わることを考察するという違いがあったのです。(そして、経済学部では前者に関わる講義が、そして、経営学部では後者に関わる講義が多数提供されています。)

近年は、どちらの学問もその研究対象を広げています。経営学は単に会社というよりは広く組織の協働をその対象としていると言えるでしょうし、経済学はと言えば、市場という範囲を超えてまさに組織の協働を含む広範囲の社会現象についても対象とするようになりました。この意味で経済学の対象は経営学の対象を含んでいるという印象です。ということは経営学は経済学の一部なのでしょうか。

違います。経済学と経営学では対象を研究する方法が違うのです。急に研究の方法など言われ驚いているかもしれませんが、本稿に長い前置きがあったことと関係します。上で登場した社会科学のうち、社会学、経済学、心理学はその対象とともに、その対象をどのように研究するかという方法で特徴づけられます。ややこしそうに聞こえますが、要は考察対象となっている現象をどこから(つまり、何によって)説明するのかの違いです。具体的に、社会学は主体の関係性(家族、職場、宗教、文化のような人と人との関係の有様)、経済学は主体の合理性(できる限りうまく選択しようと試みる人の選択)、そして心理学は主体の心的過程(人の知覚・認知といった心の働き)を用いて現象を説明します。

例えば、経済学者がある人事制度を評価するために、その制度のもとでは組織のメンバーはどのように仕事に励むのかを考察するとしましょう。このとき、経済学者は、メンバーはそれぞれが持つ目的に照らして最善に選択するということ、そして、それぞれの選択に衝突があるならばそうした対立が落ち着くよう相互作用が起こるという2つの特別な意味での合理的選択を行うことを前提として考察します。前提となる「それぞれが持つ目的」は何であってもいいので幅広い選択動機を捉えることができるのですが、経済学はそれをどうしてそのメンバーが持っているのかについては何も語りませんし、「最善に選択する」ために必要となる選択の相互作用についての何らかの予想をなぜそのメンバーは持つに至ったかについても何も語りません。説明のための最小要素が合理性だからです。

しかし、経済学が語らない部分について社会学と心理学は何かを語るかもしれません。メンバー間の関係が何かしらの集団規範(メンバーで共有される思考様式)を生じさせていることで相互作用についての特定の予測を可能にしているかもしれないし、上司と部下の関係や当該人事制度そのものが何かしらメンバーの心的過程に影響を与えることでそのメンバーの持つ目的が形成されているかもしれないからです。この意味でそれぞれの方法は互いに補完的なものとなっています。そして、経営学というのは正にこの全ての方法を用いて組織の協働という現象を深く考察する学問と言えるでしょう。

まとめましょう。経営学は社会学・経済学・心理学の方法を用いて組織の協働について考察する学問である一方、経済学は自らの方法論に基づいて様々な社会問題を考える学問であるという違いがあります。

(本稿には脚注ありのロングバージョンがあります。ここで公開されています。)

安部 浩次