服部准教授の解説

2019年9月18日版

経済学と経営学の違いを考えるにあたって,まず,それぞれの代表的なテキストに書かれた定義をみてみましょう。

経営学とは,「社会,経済,人の心に多大な影響を与えうる,経営という行為とそれを行う個人と組織が,どう変遷し,どう存在し,どう動くかの普遍的な法則を解明する」学問である(琴坂, 2018

経済学は,「社会がその希少な資源をいかに管理するのかを研究する学問である。・・・経済学者は,人々がどのように意思決定するのかを研究する。どれだけ働き,何を買い,どれだけ貯蓄し,その貯蓄をどのように投資するのか,といったことを研究するのである。・・・また人々が互いにどのようにして品物の販売価格や,販売数量を決めるのかを調べるのである」(マンキュー, 2013

経済学は,人間社会のおよそあらゆる側面に関心を持ち,政府や企業や個人などがどのような意思決定をするのか,その決定はどのような影響を与えるのか,ということを考えます。経営学もまた,こうした問題に関心を持っています。経営学では,経営組織,経営戦略,マーケティングなど,ビジネスに関わる様々な観点から,特定の企業やその中にいる人々の行動や意思決定について考えていくのです。

こう書いてしまうと,「経済学は特定の企業の問題を含めた広い現象に関心を持つ学問で,経営学は特定の企業の中の問題に特化した学問だ」という印象を持たれるかもしれません。必ずしも間違った理解ではないと思いますが,ここでは2つの点から,両者の違いについて考えてみたいと思います。

1つ目は,「人間とはどういうものか」ということに関する違いです。

経済学では,全ての現象について,「合理的に行動する人間」を想定します。ここで「合理的」とは,その人の求めるものが明確であり一貫して変わることなく,そうした好みに基づいて自分の満足が最大になるように行動する,という意味です。国,産業,企業,そして個人,どのレベルであれ,人間の行動の背後には,「自国の利益になるようにしよう」とか「もっと多くの収入を得よう」といった意図があるわけですが,経済学では,そういう明確かつ一貫した好みをもって,それを最大限に達成しようとする人間を想定するのです。もちろん人間のすることですから,神様のように全知全能ではないにしても,可能な限り自分の好みの実現に向けて合理的に振舞おうとするだろう,と考えるのです。これに対して経営学では,人間に関して経済学よりももう少し「緩い」立場をとります。人間は場合によっては合理的に振る舞えないかもしれないし,意図の形成とその行動への影響にも複雑な事情があると考えるのです。例えば「仲間を増やしたい」とか「褒められたい」といった意図が行動の決定に複雑に影響しているかもしれません。人間に対する見方の違いは,当然のことながら,現象の説明の仕方の違いとして現れます。それが2つ目に関わってきます。

2つ目の違いは,現象を説明するあたってリッチさ(richness)とシンプルさ(simplicity)のどちらを重視するかという違いです。リッチさを重視するとは,現象の説明にあたって,その特定の現象に関わる様々な側面を考慮すること,シンプルさを重視するとは,現象の説明にあたって,それ以外にも共通する基本的かつ少数の側面に注目して理解しようとすることを指します。経営学は前者,経済学は後者を重視するといっていいでしょう。

例えば「会社にい続けるのか,やめて会社を起こすのか」という問題を考えてみましょう。

経営学者であればこの問題について,(1)会社を辞めるデメリットと会社を起こすメリット,(2)会社での人間関係,(3)家庭の事情,(4)本人の名誉やプライドといった,様々な要因を考慮してこの問題を理解しようとするでしょう。「物事のありのまま」とまではいわないまでも,多くの要因を考えることで,人々が会社にい続ける/辞める理由を説明しようとするのです。こうして様々な側面を考慮することで,「い続ける/起こす」の説明を,よりリッチに,深く行うことができるわけです。ただし,リッチさを重視した説明には,現象が違えば今度は別の側面に注目しなければならないという弱さもあります。「い続ける/起こす」という現象に対する説明は,例えば「(特定の企業が)海外に進出する/国内とどまる」という現象の説明には使えないのです。そのため経営学という学問はどうしても,統一した一つの理論というよりも理論のパッチワークのようなものになります。

これに対して経済学者は,同じ問題に対して,会社を辞めることのデメリットと会社を起こすことのメリットといった,(1)の観点に特化した説明を行います。上記の(2)や(3)や(4)など,その現象に特有の側面も含め多くの側面を持ち出すことで,現象に対して90%の説明を目指すのが経営学だとすれば,「合理性」に特化して60%の説明を目指すのが経済学だ,といえるでしょう。これによって「(特定の企業が)海外に進出するか/国内とどまるか」など,他の現象についても同じような原理で説明できてしまうところが経済学の魅力なのです。

どちらが優れているということでは,もちろんありません。物事をリッチに理解することと,それをシンプルでエレガントに行うこと。どちらを選ぶかということは,究極的には,個々人の好みや選択の問題でしょう。しかし同時に,これらはいずれも,どちらの学問を選択するにせよ,私たちが持ち合わせていなければならない重要な視点であると思います。