市場の競争圧力と早期収益認識

要約

市場において激しい販売競争が展開されている場合には、会社の経営者は1円でも多くの売上高を、1日でも早く認識したいという動機に駆られている。市場に見せる売上高を高くしたいというこの動機にもとづいて、売上高の数値を裁量的に嵩上げする機会主義的行動は収益数値制御と呼ばれているが、それには2つのタイプがあって、グロスドアップと早期収益認識とが区別されている。グロスドアップというのは、売買取引を仲介する代理店が収益の認識にあたって純額法の代わりに総額法を採用し、多額の売上高数値を市場に見せかける裁量行動である。これに対して早期収益認識は、販売基準の3要件がすべて揃うのを待たずに、売上高を前倒しで認識する裁量行動を指している。

本稿ではこれら2つのタイプの収益数値制御の中で、特に早期収益認識を取り上げ、それがどのように行われているのかを明らかにしようとするものである。販売基準によれば、(1)売り手と買い手の合意の成立、(2)売り手から買い手への財・サービスの提供、(3)買い手から売り手への貨幣または貨幣請求権の引渡し、という3要件がすべて満たされなければ、収益は実現されていない。それにもかかわらず、早期収益認識においては、あたかも合意の成立があったかのように、あるいはあたかも財・サービスの提供が行われたかのように、取引の形式が整えられて、売上高の計上が繰り上げられる。

合意の成立にかんして特に問題となるのは、販売取引に返品の権利とか取引価格の事後的な修正条項が付随しているケースである。財・サービスの提供では、預かり販売、チャンネル押込みのほかに、サービスの引渡時点の特定が大きな争点となることが多い。アメリカでは会計ルールの整備によって、これらの早期収益認識を締め出そうとしているが、インターネット上のオンライン取引などについて、なお完全な締め出しに成功していない。わが国になると、会計ルールが未整備であり、早期収益認識が野放しになっている。アメリカの会計ルールが日本に導入されると、日本企業の会計実務に大きな波紋が拡がることはまちがいなので、日本的な取引慣行を考慮しながら、販売基準の解釈と運用について、基本的な論点を検討している。

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岡部孝好

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