実践知 — エキスパートの知性

著者名 金井壽宏 楠見孝 編
タイトル 実践知 — エキスパートの知性
出版社 有斐閣 2012年3月
価格 2400円 税別

書評

本書の共編著者の楠見孝氏に呼ばれて、京都大学大学院教育学研究科の社会人大学院でキャリア発達やモティベーションの自己調整について、私が京都に出向いて講義をしたり、また、私が主催する人材マネジメントの研究会に、楠見氏にお越し頂いたり、交流を大切にしてきました。

気がつけば、京都大学の楠見氏とは長いお付き合いで、知的交流から学ぶことがいつも多くあるすばらしい学者です。管理職の実践知の研究で名高いリチャード・ワグナー先生が京都にこられたときに、この先生を招聘されたのは楠見氏でした。ご自身も管理職の実践知について優れた論文がおありの楠見氏らしい、すばらしいコンファランス(会議)でした。その場に、豪華にも経営学の世界からは、野中郁次郎先生がゲストスピーカーであったことにも驚きました。野中先生は、後に楠見氏とのこの共著『実践知』に、ここでも紹介させていただきましたが、推薦文を書いてくださいました。

このコンファランスに、神戸大学の経営学研究科で博士を取った何名かが招かれ、また現在同僚になっている松尾睦教授もおられたことに感激しました。経営学のような応用学問分野で切磋琢磨する相対的な若手研究者が、基礎学問分野の最先端の方がオーガナイズし、日米の碩学がその場にいる会合に報告者として呼ばれることは、誇り高いことだと思いました。昼食時に、ハーバードのハワード・ガードナー氏と並び賞される、イエール大学のロバート・スターンバーグ氏の高弟ワグナー氏ともじっくりと話す機会があったことをよく覚えています。

現代産業社会にとって、経営学の大御所ヘンリー・ミンツバーグ氏ではないですが、マネジャー(経営者、管理者)の重要さを考えると、実践知や熟達化の研究にマネジャーの研究が為されているのは、新鮮な驚きでした。本書は、そのときに登壇された方々以外にも、エクスパートが存在する分野ごとの熟達化、それを支える実践知について、適切な執筆者を楠見氏とともに選出して、一級の選抜チームで本書ができあがりました。楠見氏が、認知心理学者として、また、わたしが経営学の組織行動論の研究者として、相対的な若手でホープと思われるひとたちを執筆人に招いて、本書ができあがりました。

有斐閣のウェブサイトで書かれているとおり、「どんな分野にも、よい経験を豊かに積み、同輩や後進の範となる熟達者がいる。誰もがそうなれる可能性をもっているのなら、誰にとっても有益な形で、そこへの道を示せないだろうか? 心理学・組織論が蓄積してきた調査・研究が,働く人の普遍的な課題に挑む」(
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641163867
)というのが本書の目論みでした。私が神戸大学大学院経営学研究科長・学部長の時期をはさんで制作された書籍ですので、私の原稿が遅れ、共著者、また、あらかじめこの著作のことを聞いて期待して待っていてくださった読者の皆さんに、ご迷惑をおかけしましたこと、この場を借りて、お詫び申し上げます。研究科長職が明けて、やっと今、出ました!!

営業職、管理職、IT技術者、教師、看護師、デザイナ?、芸舞妓、芸術家の熟達化の段階と、その過程・段階を進行するにつれて、獲得される実践知の形成過程と形成メカニズムに関心をもたれる諸兄諸姉に、ぜひ手にとっていただきたいです。

私自身は、仕事の世界に限らず、趣味でもスポーツでも、入門したからには上達したいと思って励んでいる世界にも、熟達化や実践知の研究を活かせると思っています。その考えは、最終章に詳しく書かせていただきました。

紹介が末尾になりましたが、野中郁次郎先生からいただいた推薦文は以下の通りです。

豊かな暗黙知がアクションにつながる形に言語化されるときに起こる知識創造に注目してきた私は、今、賢慮(フロネシス)に支えられ導かれたリーダーシップというテーマを探索している。それは、本書の編著者のひとり楠見氏が探求する実践知の認知心理学と密接につながっており、また、金井さんが経営学の中心的テーマとして取り組んできたリーダーシップ研究で出会った、優れたリーダーたちの持論から導かれるものといえるだろう。本書が全体として扱うテーマは、多様な仕事の世界における実践知、それぞれの道において達人になるための熟達化であり,認知心理学に基づく個人的プロセスと経営学に基づく組織的継承の解明が、相乗的になされている。自分を磨き続けるひと、とりわけ、チーム、組織、社会にインパクトを与える形で熟達化の道を歩みたいと願う仕事人に本書をお薦めしたい。

    目次

    第I部 実践知--獲得と継承のしくみ
      第1章 実践知と熟達者とは (楠見 孝)
      第2章 実践知の獲得――熟達化のメカニズム (楠見 孝)
      第3章 実践知の組織的継承とリーダーシップ (金井壽宏・谷口智彦)
    第II部 エキスパートの仕事場から
      第4章 組織の中で働くエキスパート
        Expert4-1 営業職 (松尾 睦)
        Expert4-2 管理職 (元山年弘・金井壽宏・谷口智彦)
        Expert4-3 IT技術者 (平田謙次)
      第5章 人を相手とする専門職
        Expert5-1 教 師 (坂本篤史・秋田喜代美)
        Expert5-2 看護師 (勝原裕美子)
      第6章 アートに関わるエキスパート
        Expert6-1 デザイナー (松本雄一)
        Expert6-2 芸舞妓 (西尾久美子)
        Expert6-3 芸術家 (横地早和子・岡田 猛)
      終 章 熟達化領域の実践知を見つけ活かすために (金井壽宏)