戦略人事のビジョン−制度で縛るな、ストーリーを語れ

著者名 八木洋介 金井壽宏 著
タイトル 戦略人事のビジョン−制度で縛るな、ストーリーを語れ
出版社 光文社 2012年5月
価格 760円 税別

書評

共著者の八木洋介氏は、日本GE(General Electric)の人事のリーダーとして活躍された後、この書物が仕上がる前には、LIXIL(株式会社住生活グループ)の副社長となられた。GEの日々に、ともにリーダーシップを発揮しながら、サポートされていた藤森義明氏がLIXILのCEO(chief executive officer)となり、八木洋介氏をお招きした形のようです。これからはLIXILのCEOと副社長として、さらにリーダーシップを発揮されることでしょう。こんな喜ばしいキャリアの節目で、長らく敬意を払っていた八木洋介氏との共著が世に出て、また、出るなり手応えをふたりとも感じられたのはうれしい限りです。

八木洋介氏が前職の日本鋼管株式会社勤務(現JFEスチール株式会社)時代からGE勤務時代に構築した人材マネジメント(HRM :Human Resource Management)についての考えと、それを導き出す元になった諸経験、また、同じくその時代に培ったリーダーシップとその基盤になる諸経験をこの書籍のなかで存分に語ってくれました。熱く語られた経験とそこからの教訓が八木洋介氏の考えとなり、それもずいぶんと体系だっていますので、本書は実践的理論書という側面もあります。八木洋介氏の人材マネジメントのセオリー、また、リーダーシップのセオリーが描かれている書籍です。ここでセオリーといっても、学者が構築する理論ではなく、経験から引き出し、実際に使用している理論だから、持論と呼ぶべきものです。経験と持論とのつながりに注目されながら読まれるのがよいでしょう。

わたしの役割は聞き役、少し欲張れば、聞き出し役ということになりますが、重要な場面では、問わず語りに近いほど、迫力のある話をお聞かせいただきました。かつて同じ新書のシリーズで野田智義氏と対談から書籍を世に問うたときには、わたしも野田智義氏と同じくらい話し、書籍でも同じくらいのスペースをいただきました。しかし最近では、たとえばこれまた同じ新書の、増田弥生氏との共著(『リーダーは自然体−無理せず、飾らず、ありのまま』光文社新書、2010年)では、対談というよりも、かなり聞き手に姿勢に一歩近づきました。(「わたしが、『徹子の部屋』には経営者が出ないので、経営の世界のリーダーに話を聞く、経営学者版の<徹子の部屋のようなもの>が書籍の形であってもいのに」と言うと、「それならもっと、聞き手に徹しなさい」と言われ、共著のスタイルが変わりました。)今回はそれをさらに徹底させた形になっています。各章ごとのわたしの語りは、実は八木洋介氏の部分が全部しあがったあとの書き下ろしです。ですから、対談の間にわたしが語ったことは、この本には掲載されておりません。それを聞かれたのは、そこに居合わせてくださったライターの秋山基氏と、光文社の編集担当の方々(小松現氏、古谷俊勝氏)だけです。対談としての書籍という形式をとってはおりませんが、対談のスタートは、中原淳氏との共著『リフレクティブ・マネジャー 一流はつねに内省する』(光文社新書、2009年)のときと同様、有馬から始まりました。この日は早速にたくさん語り尽くしました。テーマが人事の戦略性と、八木洋介氏自身のリーダーシップ発揮に定まり、筋肉質の書籍になったように思われます。

思えばもう10年以上前になりますが、関西経済連合会のプロジェクトで「一皮むける経験」を大企業の役員クラスにインタビューをおこなって以降、大勢の人に経験や持論のインタビューをさせていただいてきました(金井の単著『仕事で「一皮むける 」 −関経連「一皮むけた経験」に学ぶ−』光文社、2002年)。八木洋介氏とは長いお付き合いですので、いつか今回の書籍のようなコラボレーションをしたいとずっと願っていました。だから、それが実現したことを純粋に喜んでいます。

書籍に並んでから6日で増刷となったそうで−こんなことはわたしも初めてです−、すでに広く読まれていることを、共著者として、あるいは話の聞き手として喜んでいます。八木洋介氏のような生き方、働き方が支持されているのでしょう。また、人事の専門家だけでなく、リーダーシップを磨きたい人、また、グローバルに活躍する人材になりたい人にもアピールするので、広範囲の読者を得たのかもしれません。もちろん、元々、八木さんの塾のような場があり、八木洋介氏を師と仰ぐ人たちは、皆この書籍を手にとったことでしょう。

薄い新書ではありますが、この書籍全を通じて人材マネジメント(人事)は、今まだこうだったという継続性にだけ基づいておこなうのではなく、戦略性をもってなされるべきだという姿勢・基本主張が響き渡っています。

思えば、人事部というところはリーダーシップの育成のために仕事の性質を考慮して働く人の配置を考えたり、だれのもとで仕事させるとよい薫陶機会となるかという観点からも人材配置を行ったりしていきます。そんな人事をしている当事者にリーダーシップがなかったり、戦略のわかったリーダーを育てていなかったりしたら、それは紺屋の白袴でしょう。リーダーとなるような人材の育成を気遣う人事責任者もまた、リーダーシップの達人であってほしいものです。そのビビッドな例が本書の八木洋介氏です。

「リーダーを育てると宣言する当事者が自らすばらしいリーダーシップを発揮してほしいものだ。」そういう希望を抱く人にとって、それが現実にも存在することを八木洋介氏のストーリーテリングから実感してもらえば、聞き手のような共著者ではありますが、うれしい限りです。

    目次

    まえがき
    第 一 章  人事は何のためにあるのか
    第 二 章  組織の力を最大限に高める
    第 三 章  改革の旗を振る
    第 四 章  リーダーを育てる
    第 五 章  「強くて、よい会社」を人事がつくる
    あとがき