会計情報の有用性

著者名 伊藤邦雄・桜井久勝 責任編集
音川和久(第三章)
タイトル 会計情報の有用性
出版社 中央経済社 2013年9月
価格 4600円 税別

書評

本書は、『体系 現代会計学』(全12巻)のうちの第3巻として公刊された書籍です。会計学研究の現状を俯瞰するシリーズの一巻として、財務会計分野の課題に対して実証的な分析手法によって取り組まれてきた研究の成果が体系的に取り上げられています。

会計学の歴史は、500年を超える複式簿記の歴史に比べれば、短いと言わざるをえません。その長くはない会計学の歴史の中で、とくに財務会計の分野に絞って歴史を巨視的に見れば、主流を成す近代会計学の礎が、1940年に出版されたペイトン=リトルトンの『会社会計基準序説』を中心に築かれたという見方には、それほど異論はないでしょう。

近代会計学の枠組みは、当時の会計制度の規範を形成しました。そこでは発生主義の理念のもとに、企業活動を努力と成果の両面から把握して対応づけることにより、最適な利益測定を実現する方法が模索されました。しかしこの研究方法は、いかなる利益測定が望ましいかを規範的に追求しようとしても、その正当性を科学的に証明することが難しいという限界に直面してしまいました。

これを打破する地殻変動は1960年代後半に起きました。その起爆剤となったのが、1966年にアメリカ会計学会が公表した『基礎的会計理論に関する報告書』、いわゆるASOBATです。そこでは会計は、財務諸表を中心とする情報利用者の意思決定を促進するために、経済的情報を識別・測定・伝達するプロセスとして定義され、会計情報の有用性が強調されました。

こうした会計観の転換は、会計研究にも伝播しました。意思決定有用性の概念を援用し、統計数理的解析手法を駆使して、会計情報の有用性を実証的に検証する研究スタイルが普及し始めたのです。その嚆矢となったのは、ASOBATからわずか2年後の1968年に発表されたボール=ブラウンやビーバーの論文でした。これらの先駆的業績は、初めのうち伝統的手法の研究者から冷笑されていましたが、学界で徐々に勢いを増し、いまや実証的会計研究が、アメリカを中心に財務会計研究の主流を形成するに至っています。

本書は、会計研究の歴史の中で規範的会計研究から転換した実証的会計研究というパラダイムに光を当てて編集されています。このため本書では、こうした研究スタイルを早くから取り入れてきた精鋭の論者が、日本のデータや事情をも交えながら「会計情報の有用性」を共通のメインテーマとして執筆した論考が、体系的に配置されています。

序章では、実証的会計研究という新しいパラダイムの意義にふれつつ、本書の構想と構成が紹介されます。第Ⅰ部(第1章~第6章)は、資本市場での価格形成と市場参加者からみた会計情報の意思決定有用性に関する研究の成果を、体系的に俯瞰しています。第Ⅱ部(第7章~第9章)では、会計情報に基づく指標が各種の契約に組み込まれることに起因して、企業や利害関係者の行動に生じた変化や影響を分析した研究について、議論が展開されています。第Ⅲ部(第10章~第13章)は、企業価値評価における会計情報の有用性を検証し、それを促進する方法を考察した研究を体系づけています。そして終章では、かつては規範的研究がもっぱら研究対象としてきた会計制度設計に対して、本書で展開された実証的会計研究が貢献しうる可能性が模索されています。

このようにして比較的新しく生まれた実証的会計研究が、果たして従来の研究とは異なるどのような風景を描き出すのか、読者の皆さんに堪能していただきたいと思います。

目次

    序章  実証的会計研究の進化(伊藤邦雄)
    第Ⅰ部 資本市場研究
    第1章 資本市場研究の課題と展望(桜井久勝)
    第2章 利益情報の有用性(大日方隆)
    第3章 市場の効率性とマイクロストラクチャー(音川和久)
    第4章 会計政策の情報効果(中條祐介)
    第5章 投資リスクの評価と予測(石川博行)
    第6章 拡大された会計情報の有用性(薄井彰)
    第Ⅱ部 契約理論と会計行動
    第7章 利益調整の動機と手法(首藤昭信)
    第8章 会計方針の選択(乙政正太)
    第9章 資金調達・コーポレートガバナンスと会計情報(小野武美)
    第Ⅲ部 企業評価と会計情報
    第10章 評価モデルと会計情報(八重倉孝)
    第11章 業績予想と資本市場(伊藤邦雄・円谷昭一・野間幹晴)
    第12章 研究開発会計と企業価値(中野誠)
    第13章 企業結合と無形資産(加賀谷哲之)
    終章  実証的会計研究と会計制度設計(桜井久勝)