事業のリストラクチャリングと持合い解消による資金調達

要約

近年のわが国企業金融の特徴の1つとして、株式持合いの解消があげられる。ニッセイ基礎研究所(2001)によると、上場株式の時価総額に占める持合い株式の時価総額の比率は、1990年度には約18%であったが、2000年度には10%まで低下している。同様に、1990年度には46%であった安定保有株式の比率は、2000年度に33%まで低下している。また、Ang and Constand(1993)は、1990年代のわが国株式市場において、法人と金融機関の持ち株比率が減少していることを指摘している。

株式持合いに関する研究が数多くなされているのに対し、株式持合いの解消に関する研究はほとんど行われていない1。本稿では、とくに資金調達という面に焦点を当て、株式持合いと持合い解消について理論的な考察を試みる。

富士総合研究所(1993)が行ったアンケート調査によると、株式持合いの短所として企業からの回答が多かったのは、株式の長期保有に伴う資金の固定化と資金効率の低下である。この結果から推測すると、1990年代以降に企業が株式持合いを解消した1つの理由は、持合い株式を資金化し、より効率的な(収益力の高い)投資を行うためであったと考えられる。本稿では、経営環境の悪化に直面した企業が、事業のリストラクチャリングを行うための資金調達手段として、株式持合いを解消するシナリオを考える。シェアード(1993、pp.76-77)は、株式持合いの経済合理性の1つとして、企業収益の実現値が低いときに(持合い株式を売却することで)資金を捻出できる機能をあげている。本稿のシナリオは、シェアードの指摘と整合的である。また、1990年代以降、わが国企業が事業のリストラクチャリングを行ってきた事実から、本稿のシナリオは現実的であるといえよう2。

本稿では、株式持合い・持合い解消を通じたリストラクチャリングの収益改善効果と、エクイティ・ファイナンスによるリストラクチャリングの収益改善効果を比較する。持合い解消時に売却される株式数とエクイティ・ファイナンスにおいて発行される株式数を等しくすると、株式持合い・持合い解消のスキームの方が、より多くの資金を調達でき、収益改善効果が大きくなる。その直感的な説明は次の通りである。

経営環境の悪化に直面した企業は、事業のリストラクチャリングという投資機会をもつが、経営環境の悪化していない企業に比べると、その株式は低く評価される。経営環境の悪化していない企業の株式は、事業のリストラクチャリングという投資機会がなくても、相対的に高く評価される。株式持合い解消による資金調達では、売却する株式の評価、すなわち持合い相手の株価が重要になる。自社の経営環境は悪化しているが、持合い相手企業の経営環境が悪化していなければ、持合い株式は高い価格で売却できる。エクイティ・ファイナンスにおいて売却するのは、経営環境が悪化している自社の株式であり、売却価格は低くなる。自社の経営環境と持合い相手企業の経営環境が完全に相関をもたない限り、株式持合い・持合い解消による資金調達額は、エクイティ・ファイナンスによる資金調達額を上回る。

本稿のモデルは、株式持合いが企業価値や株式価値にとって好ましい財務政策であるというインプリケーションをもつ。すなわち、将来の経営環境が悪化する場合に備えて株式持合いを選択することは、株式持合いを選択しない場合に比べて、事前の企業価値を高める。既存の研究と異なり、持合いの解消まで考慮して、株式持合いに対する経済合理性を示したことが本稿の特徴である。

本稿の構成は次の通りである。第2節では、事業のリストラクチャリングに関するモデルを設定する。第3節では、株式持合い解消による資金調達について分析する。第4節では、エクイティ・ファイナンスによる資金調達を分析する。第5節では、両者の資金調達能力を比較し、株式持合い・持合い解消のスキームが好ましい可能性について議論する。第6節は、本稿のまとめである。

1 株式持合いを理論的に取り上げた研究としては、Berglof and Perotti(1994)やOsano(1996)がある。株式持合いに関するサーベイは、シェアード(1993)やCorbett(1994)、米沢(1995、第5章)が詳しい。株式持合いの解消については、砂川(2002)が理論モデルを提示している。

2 本稿のシナリオをサポートする記事をいくつか紹介しておこう。「昨年度はリストラ資金を調達したり、赤字を埋めるために保有株を売る企業が多かった」(日本経済新聞2000年7月12日)。「企業が銀行株売却を急いだ第一の理由はリストラ資金の捻出」(日本経済新聞1999年12月28日)。「企業や金融機関が株式持合いの解消を進めている。景気低迷が長引くなか資産効率の改善が急務となっており、各社とも保有株を見直している」(日本経済新聞1998年7月22日夕刊)。「昨年以降、株式の持合い構造が急速に崩壊し始めているのは、リストラ(事業の再構築)の進展に伴い、投資採算に合わない株式を売却する動きが強まってきていることが大きい」(日経金融新聞1996年8月20日)。

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砂川伸幸

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